半端者の小唄
東方の小説をのらりくらり
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最近妹を見ていないとさとりが気付いたのは妹に殺される哀れな姉の物語を読み終わった時である。
さとりは不運な姉の激動の人生に激しく心を揺さぶられ涙し、鼻をすすりながら無意味にぶ厚いその本を読み終えた本の塔の上に加えた。 そしてふと自分の妹のことを思い出したのである。 さとりはひ、ふ、みと本を数えた。 傍らの本の塔は三十冊の本の層によってつくられている。 この本の塔は先日外出する妹の軽い足取りによって無残にも蹴られ破壊され尽くされたため、その日から新たにさとりがこつこつと建築し直したものである。 ちなみにさとりは基本的に暇人であり大体三日に一冊の頻度で本を読む習慣があるので、となると妹はここ三ヶ月程帰ってきていないと言うことだ。 「今頃あの子は何をしているのでしょうか」 また地上にでもでているのであろうか。 第三の瞳を閉じた出来損ないの妹は危険な目に逢っていないだろうか。 可哀想な頭のおかしい私の妹。何をしているのやらさっぱりわからない。 さとりは暫し思いに耽った。 しかしあの妹はやはり正常なさとりがどんなに思いを巡らせても理解できないのだ。 「こればかりは仕方ありません」 さとりはいつも通り夕食を少し食べて眠りについた。 どうせ自分の妹が理解できたためしがないのだ。期待せずに待つしかない。 夢はいつも通り見なかった。 ――しかし結論から言うと妹は翌日ひょいと帰ってきた。 だが呆れたことに妹は帽子になっていたのである。 繰り返そう。帽子になっていたのである! さとりの目の前の椅子に黒い帽子だけがちょこんと載っている。 「呆れましたね、体をどうしてしまったのです」 「何処かに落としちゃったのかなー誰かに貸しちゃったのかも」 「呆れましたね」 妹は今は存在しない首を傾げた。 姉は今は存在しない妹を見つめた。 「体を無くしてしまうとはみっともない。外聞が悪い。他に顔向けできません」 「めたくそに言ってくれるね」 「どうにかなりませんか、それ」 「治すのは簡単なような簡単じゃないような」 「どちらですか…」 「うーんとね」 それはね、お姉ちゃんが私の顔を思い出せば良いんだよ。それだけ。 さとりは押し黙った。 残念ながら、さとりは妹の顔を、覚えていなかった。 ◇ さとりの妹との思い出はいつも曖昧である。 例えばうっかり人里に迷い込み人間に石を投げられた時の記憶。 例えば身寄りをなくして地底を探し彷徨っていた時の記憶。 例えば初めて地霊殿に足を踏み入れた時の記憶。 その全ての記憶に妹がいたような気もするしいなかったような気もする。 「おねえちゃん、××に見える黒いが××なの世界?」 ぐにゃぐにゃとした声で妹が言う。 さとりは面倒なので適当に相槌を打っておく。 「はいそうですね」 「あは、白が××のご本を××の食べちゃった××××××!!!!」 「ええそうですね」 こうしていれば妹がそこそこ満足してくれるのは知っていたし、自分がこういうやりとりにそこそこ満足しているのも妹も知っていた。 妹が楽しいと感じるとさとりも楽しいと感じる。 だから口から吐き出す薄っぺらい言葉とやらは大して大切ではなかったし、そもそも妹といればそんな煩わしいものに悩まされることもなかった。 「あっ」 しばらく歩いているとこいしの心がどきりと音をたてた。 振り返ると妹の帽子に木の枝がからまって引っかかってしまっていた。 そう、たしかそれは妹のお気に入りの帽子だ。 どうやって手に入れたかは覚えていない。 父母からのプレゼントかそれともさとりのお下がりだったか。 さとりはそれをとってやり、丁寧に綺麗に汚れを払ってから被せてやる。 「はいどうぞ」 「あは、おねえちゃんだいきらい」 微笑む妹。さとりは何も考えず「はいそうですね」と相槌を打つ。 胸の奥にじわりと広がる感情はどちらのものだったのだろうか。 妹の頭の上で大きな帽子がふわりと揺れた。 こうした関係は妹が第三の瞳を閉じて出来そこないのさとりになって全て壊れてしまったのだけれど。 ◇ さて話を元に戻そう。さとりは妹の今は存在しない顔をまじまじと見つめた。 「そうですね、実は残念ながら思い出せません」 「そうだろうね」 妹は見えない腕を組んで見えない眉を下げた。 項垂れたのだろうか、帽子が微かな音をたてて少しずり落ちた。 「…そうだろうね」 さとりは泣きたくなる。どうしてそんな声で言われなくてはならないのだろう。 妹が体をなくすなんてこちらの方が迷惑なのに。 何といっても体を無くしてしまったのだ。みっともないことこの上ない。 他の妖怪達はこんな妹を見て(見えないが)何というのだろう。 世の中には様々な妖怪がいるが体をなくしてしまった妖怪なんて聞いたことがない。 これではまるで幽霊だ。さとりではない。 いや、そもそも第三の瞳を閉じてしまった妹はさとりでさえなかった。 それならば元々妹は何者でさえなかったと言うのだろうか? 「体をなくしてしまうなんて、あなたどうするつもりなのです。あなたは何になるのですか」 「そんなのわからないよ」 「体をなくして、無意識に魂を沈めてあなたはどこに行こうとするのです。消えるつもりですか」 「かもしれないね」 そもそも目の前にいるのは本当に妹なのか。自分に妹は本当にいたんだろうか。 目の前の存在しない妹をさとりは一体何と呼べば良いのだろう。 「顔を思い出してよ、おねえちゃん」 「そんなの」 妹との思い出はいつも曖昧だ。 表面の薄っぺらなものよりこころとこころが繋がっていることが大切だったから。 会話なんて必要なかった。 何もしないでも妹は感じられた。 あの子が瞳を閉じるまでは。 じゃあ今目の前の見えないこれは何なのだろう? 「私の顔を思い出してよ」 「むり、です」 「私の顔を返してよ」 「むり、むりなんです、だって」 だって私は幼い頃からこいしの顔なんて見ていなかったのだから! ………………………………… さとり同士のコミュニケーションてどうなってるんでしょうね。 黙っててもお互いの考えてることがわかってしまうなんて普通なら頭がおかしくなりそうなものですが…
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